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IT化による生産性向上で給与アップ!?DX推進を行う筆者が実態を解説。

筆者は仕事柄DX推進という名のもとに、業務改善とITによる業務効率化(生産性向上)を行う事が多いです。

一方、昼間にテレビを見ていると専門家の方が「給与アップにはIT化による生産性向上が必須」みたいなことをおっしゃっていて、非常に違和感を感じました

そこで本記事では現場で生産性向上に携わる筆者が実態はどうなのか?また今後の思う事について記載いたします。

現状の日本企業では生産性を向上させる余地は大いにある

現在、筆者がお手伝いしているお客様は、従業員数が1万人以上の大企業ですが、はっきりいってめちゃくちゃ非効率です。

たとえば一つの業務だけを例としますと、現状は15名程度をかけて力技で実施している業務を、業務オペレーションを整理して、クラウドシステム(SaaS)を導入すれば2~3名でできてしまいます。

他にも非効率な業務はたくさんありそうですので、より業務を効率化してコストを削減し、生産性向上につなげることは理論的には難しくなさそうです。

一企業の観点から見ると生産性向上が給与アップに繋がる

本題はここからで、仮に業務効率化を実現して生産性が向上した場合、給与アップに繋がるのでしょうか。

仮に経営者がかなり良心的な方で、業務効率化で削減できたコストの大半を社員の給与に回してくれたとします。そうすると社員の給与はアップします。

もしくは、より高い給与を払って優秀な人材を外部から採用したりするかもしれません。外部から獲得した人材に高い給料を払うと、企業の平均年収はアップします。

これは当然のことで、このことを「IT化による生産性向上で給与アップ」と言っていると想定されます。

すなわち一企業の観点から見ると生産性向上は給与アップにつながります

削減された費用は派遣社員や業務委託者

ではもう少し踏み込むと、業務効率化で削減されたコストとは何なのでしょうか?

先ほどの大企業の例で言いますと、現状、業務を動かしている15名の方のほとんどは、派遣社員や業務委託などの外部から調達してきた人材です。

すごく単純化して言うと、業務効率化による生産性向上とは、この人たちの仕事が無くなるということです。

一企業の観点から見ると生産性向上で給与アップというのは正しいですが、日本全体という観点から見た場合、IT化による生産性向上が本当に給与アップにつながるのか?というのが筆者の疑問です。

だってIT化で仕事を失った、派遣社員や業務委託の人たちは、今後仕事を見つけられるかどうかもわからないですし、見つかったとしても現状より給料が減る可能性も高いですし、これだと全然給与アップになってないのではないでしょうか。

専門家の方は「給与アップにはIT化による生産性向上が必須」と言いますが、生産性向上によって仕事を失った人の事はどう考えればいいのか、是非、教えていただきたいです。

生産性向上で新しい事業と雇用を創出というのは順序が逆では!?

ではどうするか?色々と調べた結果、考え方としては概ね次の2つかなと思っています。

1つ目は、企業が生産性向上で得た余力を用いて新しい事業と雇用を創出する考え方です。

これについては、筆者はそもそも生産性向上と新しい事業を創り出すことは関連性のないことだと思っています。

だって仮に生産性が向上して、1日の労働時間が半分(8時間から4時間)になったとしても、多くの人はその余った時間をボーっと過ごすか個人の趣味に時間を使うだけです。筆者もそうです。

逆に、新たな事業を創り出せるような限られた能力を持った人は、現状の生産性が低いとかそんなことは関係なく、バンバン新しい事業を創出します。

生産性云々というのは新しい事業が立ち上がってからの話で、生産性が向上したから新しい事業が創出できるということはないと思います。

削減された人を再教育するなんて理想論!?

2つ目は、自己責任論をベースに削減された人を再教育して、付加価値の高い仕事ができる人間に仕立て上げるという考え方です。

これも筆者的にはそんなこと無理なのではと思ってしまいます。

20代とか若い人ならまだしも、人間40代、50代にもなってくると、新しいことを学ぶのも億劫ですし、それを学ばないと仕事がないぞと脅されても、様々な感情が錯綜して素直に受け入れるのは難しいのではないでしょうか。

そもそも再教育をすんなりと受け入れられるような、柔軟な思考と向上心を持っている人は、既に付加価値の高い仕事ができる人材です。それができないから、削減されるような状況になっているわけです。

もし再教育を拒否した人や、それを受け入れるだけの能力のない人はどうすればよいのでしょうか?自己責任論に基づいて後は知らないということでしょうか

再教育すればいいとか簡単に言うような人は、その人自身が優秀だから、他の人も努力すればできると思っている節があります。再教育に失敗すると、努力していない人が悪い(自己責任だ!)とか言いそうですが、人間はそんなに単純なものではないと思います。。。

今後は二極化がより先鋭化していく?

仮にこの流れが続いた場合、将来的には社会がより二極化していくことが想像できます。

能力が高くて付加価値の高い仕事ができる人は、より高い給料を貰うことが出来る。そうでない人は、自己責任論のもとに最低賃金の給料しかもらえない

ですが、これはもうどうにもならない未来なのかなと思ってしまいます。大事なのは、この状況を受け入れたうえで、どんな人も自己の尊厳を保ちながら、個々に好きなことをしながら生活を送れるような、対策を考えていくことだと思います。

昔みたいに一億総中流とか成長!成長!とかもう無理だと思うんですよね。

そもそもこの二極化という表現はよくないですね。これは人々をお金の面から数値化しているだけで、当たり前ですけど、数値とは別の個々人の具体的な生活があります。収入が少なくても幸せな人はたくさんいますし、逆にお金があっても不幸な人もたくさんいます。

ですので、仕事が好きな人はバンバン働いてお金を稼げばいいですし、仕事をしたくない人は最低限の労働でまったりと生きていくような、個々人が好きなように生きていける世の中になればいいなと思います。